仮想の書斎

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読書記録02:アルジャーノンに花束を

ダニエル・キイス著、小尾芙佐訳『アルジャーノンに花束を(新版)』早川書房、2015年

 

あらすじ

 

 32歳にして幼児なみの知能しかない、ドナー・ベイカリーで働く青年チャ―リィ・ゴードン。そんな彼のもとに、大学の先生が手術で頭をよくしてくれるという話が舞い込む。これに飛びついた彼は、同様の手術を受けた天才白ネズミのアルジャーノンを相手に検査を受けた。やがて、手術により天才的な知能を獲得した彼は、人の心の真実について知る。

 

ついしん。どーかついでがあったらうらにわのアルジャーノンのおはかに花束をそなえてやてください。

 

アルジャーノンに花束を』に関するあれこれ

 

 本書は1989年に早川書房により単行本として出版されたものの新版。

 

 著者のダニエル・キイスは1959年に発表した中篇「アルジャーノンに花束を」でヒューゴー賞を受賞。これを長編化した本作がネビュラ賞を受賞し、ベストセラー化。

 

 ちなみにヒューゴー賞ネビュラ賞とはアメリカにおける2大SF文学賞のこと。この二つの賞を同時受賞することを「ダブル・クラウン」というが、本書の中篇がヒューゴー賞を受賞した1959年には、ネビュラ賞が存在していなかった。(ネビュラ賞創設は1966年)

 

感想

 まず、ページをめくって衝撃を受けた。本書は幼児並みの知能しかない32歳の青年チャ―リイ・ゴードンによる、自身が受けた手術の経過報告という形式をとっているのだが、文体もそれに即したものとなっている。

 

 つまり、前半の文章は幼児の作文のような文章が忠実に再現され綴られているのだ。これは、本書を訳した小尾芙佐の功績よるところが大きいだろう。

 

 こう言った文章を読み慣れていない私は非常に苦戦した。文法上の間違いが多い文章に頭を痛めながら読み進めると、手術の効果がチャ―リイに現れ出し、次第に文章は理知的なものに変わっていく。この次第に知識を獲得していく表現方法は実に画期的であると思う。

 

 本書を読む上で印象に残っているのが、タイトルにも冠されている、チャ―リイと同じ手術を受けた白ネズミであるアルジャーノンだ。ここは便宜上彼と呼ぶが、彼は物語の各部でチャ―リイの行く末を暗示するかのようにふるまう。人の心とは何か、知識とはなにか、本書を読むことで自然と考えずにはいられなくなるだろう。

 

 手術を受ける前と受けた後、どちらのチャ―リイに対しても、我々は自分との共通点を見出すことができるだろう。人間は誰しも、己の無力さや、周囲との違和に対する悩みを抱えながら過ごしている。そんな自分と、主人公であるチャ―リィを自然と重ね合わせてしまうのだ。

 

 必ずしも知識を得ることが幸せにつながるとは限らないが、イギリスの経済学者、ジョン・スチュアート・ミルはこんな言葉を残している。

「満足な豚より不満足なソクラテス

  これは、功利主義の観点から見た人生の質的な価値について言及したものであるから、多少本来の意味からずれてしまうが、やはり人は知識を捨て幸せになれるとしても、一度得た知識を捨てることはしたくないのではないだろうか。

 

 それは、本書の後半で下に戻りつつあったチャ―リイが望んだこととも一致する。

 

 結局のところ、馬鹿と天才。はたしてどちらが幸せなのだろうか。本作を読むと、自然とその様なことを考えずにはいられなくなる。